対談薮本市長 of (社)三木JC 2012年度HP

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三木市長 薮本吉秀様

(社)三木青年会議所は1959年の設立から、53年目を迎えます。半世紀以上もの間、332名もの先輩方をはじめとする私たちの活動が、三木のまちづくり等へ及ぼした影響は、少なくありません。
 例えば、地域の方にお集まり頂いて行った「三木市市民会議」は、住民の声を行政にお届けする事で、三木山開発のきっかけとなりました。また、「市民一斉清掃の実施」や、現在では毎年恒例となっている、「みっきぃふれあいマラソン」の立ち上げ、「三木郷土かるたの作成」なども我々が行った事業でした。その他毎年、三木市在住の青少年を対象とする事業や、まちづくり事業を開催しています。
 私たちの地域へのまちづくり活動は、まちづくりのプロである行政とは、全くまちへの関わり方は違います。しかし大きな意味で「三木のまちが良くなって欲しい」というまちへの想いは行政の方々にも、引けをとりません。
 今回の対談は、三木市長薮本吉秀様と岡田紹宏理事長と、まちづくりへの熱い「おもい」について語って頂きました。

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理事長
 薮本市長は就任当初から“日本一美しいまち 三木市”を目指しておられますが、どのような想いからでしょうか。

市長
 私自身、30年間三木市を離れて生活をしてきましたが、故郷に戻ってきて、三木市の景観の美しさに目を奪われました。先祖から受け継いできたこの“美しい三木”をこれからの子どもたちにも引き継いでいきたい。
更には、まちはひとで成り立っています。つまり、まちづくりは人づくりであると思います。私は三木の皆さんの気持ちの優しさ、豊かさ、思いやり、心の美しさ、に触れる機会が多かったのですが、そういった意味で、外面、内面両方の“三木の美しさ”をこれからも引き継いでいきたい。
景観や環境を守りつつ、人も大切にする、そういう“まち”を目指すべき方向性として“美しいまち”を目標に置きたいと考えています。
そして同じやるのなら日本一を!という事で、“日本一美しいまち”を目指すことにしました。

理事長
 (社)三木青年会議所の本年度の所信にも、“ひとの力がまちの力に繋がっていく”ということを書かせて頂いています。(社)三木青年会議所も“明るい豊かな社会の実現”に向けて活動しているのですが、JCの言う“明るい豊かな社会”とは、“恒久的な世界平和”と“資本主義経済の正しい発展”という2本柱が設定されており、そこから各青年会議所が地域の活動に落とし込んでいくという形になっています。
 これからは以前の様に中央行政が地方を引っ張り、行政が何でもしてくれるという時代は終わったと考えています。つまり地域が、そしてそこに住んでいる人が頑張っていかなければならない。そういう意識を青年会議所が率先して持ち、少しでも地域貢献ができる人となれる様に活動していくべきではないか、と考えています。

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市長
 ビジョンを達成するためには工程表が必要です。最終的な形に持っていくために、今何をすべきか、それを考えた時、地域主権、コミュニティ主権をきちんと作り上げていく必要があります。特にこれからの超高齢化社会を迎えるにおいて、今一度、地域社会を見つめ直し、絆をより高め、強めることで、地域主権を実現していくべきだと考えています。
 そして今後行政の枠組は、国の道州制理論を踏まえる中で、大きく変わる可能性があります。将来、三木がどのような形になっても、地域は、そしてそこに住む人々は存在し続けます。その方々が、“このまちに住んでよかった”と幸せを感じられるような、地域主権社会を構築していくためにはどうして行くべきか、を考えて施策を打つべきだと思っています。

理事長
 現在、高齢化社会が進み、我々若い世代としては社会保障問題を始め、明るい要素が見えません。特に我々よりも若い人たちが様々な意味での負担を背負い、夢を持てない社会になっているのではないかと心配します。

市長
 これからの高齢化社会を考えていく上で、我々はご高齢の方々だけを向いて解決する問題だとは考えていません。当然、若い方々も踏まえた対策が必要であると思います。この問題は若者もいつかは通る道であり、そして高齢化を支えるのは当然、若い方々です。そういう意味で高齢化対策は、若者対策でもあるのではないでしょうか。
そのような中で、今の若者は夢や希望を語れないと聞きます。例えば、海外留学なども少なくなっているとも聞きます。そういう意味でも、非常に内向きの社会になりつつあります。
では、今、どのような対策をとるべきか。それは行政でできる対策と、若者自身が自分で気付き、自分で立ち上がっていくという2つのことがあると思います。
行政が出来ることとは、周辺環境の整備をしていくことであると思います。
 若者に対してメッセージとして申し上げたいのは、まさしく青年会議所さんが説かれているような、自分のためだけではなく人のため、地域のため、世のために、自分の出来ることを少しでもいいから、一歩でも前向きに歩み出してみる。そうすると、自分自身がもっと見えてくると思います。
自分のことばかり見ていると、どうしても否定的に、内向きになりがちです。それを打破していかないと、日本の将来は大変なことになります。
若者がこれからの社会を支えていくのだから、若者が従来の殻を破り、自分だけのことではなく他者のことも考える。そういう行動を起こす中で、「人に喜ばれる」ということが生きていることの最大の幸せであると気付いて頂きたいと思います。
そしてそれが自分の自信に繋がり、自己実現に繋がるのではないかと思います。そのきっかけになる、地域活動なり、人のためになるような、まちおこしをしていきたいと考えています。

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理事長
 まちのためや人のために活動する時、「公の心=パブリックマインドを持つべきある」とよく言われます。「公があっての個、皆があっての自分」を知るという事が重要であると思います。これは教育の分野なのでしょうか。

市長
 そうですね。教育というのもあるでしょうが、社会人としてのモラルではないでしょうか。モラルが戦後の教育の中で欠けてきているのだと思います。地域、家庭での勉強とは違う教えという部分が欠けているのだと。
昔は勉強よりも大切なものがあり、それを学校だけでなく家庭でも教えていました。少なくとも、“人の迷惑にならないように”と教えられましたね。

理事長
 大きな意味での教育を学校任せ、というのはおかしいと思います。当然、家庭教育も必要ですね。

市長
 家庭教育、そして地域教育が必要ですね。○○さんの子どもという考えではなく、大きな意味で地域の子どもという見方で、地域の宝として、皆で温かく見守り、時には厳しく躾けることができる地域社会の構築が必要ではないでしょうか。
これから人口が減り、税収が減る、必然的に今まで通りのサービスが出来なくなります。一般企業では当たり前ですが、収入が減るとその状況に応じた策を打ちます。行政も一般企業同様、頭の転換が必要です。当然、行政がリードしていきますが、行政だけでは支えきれない地域社会は、住民自らが自分たちの問題として受け止め、行政と市民がコラボレートし、共に支えあっていく。そういう点でも、市民の意識改革も求められてくるのでは、ないでしょうか。

理事長
 地域のことに無関心な人が多いのかもしれません。だから前に進まない。例えばボランティアは、ボランティアをしてみて、初めて気付く事があります。どんな形であれ、新たな一歩を踏み出す、何か新しい事に参加してみる。そんな機会があれば、視野が広がるチャンスを持つのではないでしょうか。

市長
 地域事業に参加することが、地域への理解に繋がります。その入り口のハードルをいかに低くできるかが課題です。多くの人に大事な一歩を踏み出して頂き、月に1度でも地域事業に参加し個々のネットワークを広げることで、子どもたちも含めた人と人との繋がり、絆を感じられる社会の実現に繋げたいです。
そして子どもたちには強く、逞しく、“生きる力”を持ってもらいたいと思います。

理事長
 私が子どもの頃、道徳や郷土のことを学ぶ時間がありました。今の子どもにもその様な貴重な機会はあるのですか。

市長
 小学5・6年生で郷土の歴史を学ぶ時間があります。子どもたちに三木に誇りと愛着持ってもらえるよう、先人に学ぶという意味からも、自分たちが住んでいるまちを理解する、という部分に力を入れております。
例えば、小学校5年生の図工の時間に“肥後の守”を取り入れ、竹とんぼや鶯笛の作成に取り組んでいます。
その他にも、今年からの試みになるのですが、本年度開催される花火大会において、皆で盆踊りを踊る取り組みを考えています。音楽か体育の授業において、吉川音頭、新吉川音頭、三木音頭を踊れるように練習するカリキュラムを入れて頂けるようお願いしています。
更に、上の丸城址及び付城群の文化財指定の話が進んでいます。それを実現することで、三木はこんなに歴史があり、素晴らしいまちだと再認識できます。こういう取り組みを行っていきたいと考えています。

※ 第25代 竹内豊 理事長の時代に、三木金物を使っておもちゃを作る小冊子「子どもと手づくり」を作成し、三木市に寄贈して使って頂いています。

理事長
 本年度(社)三木青年会議所では、青少年向けの事業を企画しています。地域に「次世代の光」を創りだしていこうということで、中学生を対象にした、三木市に夢や希望を持ってもらえる様な事業を開催する予定です。
「三木にはこんな魅力がある、こんな問題がある、こうすると更に良くなるのでは」など、子どもたち自らが考え話し合い、テーマを決め、それを映像にします。彼らの三木の未来への想いを反映した映画を作り、それを皆様に披露します。
子どもたちに、三木の魅力を知ってもらい、郷土への愛と夢を持ってもらうことが、地域に係わっていける人となる一助となると考えています。
また上映会には薮本市長にもご出席いただきますようお願いします。

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市長
 大変素晴らしい、良い事業ですね。是非、出席させていただきたいと思います。

市長
 子どもたちの話題から思い出したのですが、最近本当に心を痛めたことを、ひとつお話しします。それは子どもの非行の問題です。教育委員会から中学校に警察官のOBをいじめ・不登校対策として配置したいという申し入れがありました。
特定校ではありますが、教育現場に現役ではないまでも、元警察官を入れてまで対応しなくてはならない位に、いじめ問題が深刻化しているという実態があり、なかなか解決の糸口が見付からないのです。
このような状況で、行政として果たして元警察官を配置すべきか非常に悩みました。
しかし、命に関わる問題となった今、行政として“子どもたちだけでなく市民の命、安全を守る”ため、苦渋の決断をし、配置に踏み切りました。
本来ならば学校、地域、家庭で解決すべき問題が一部、ここまで深刻化している実態があるという事実、遠い都会の話ではなく、この三木市にも存在するのです。
そういう問題を解決するためにも、本年度青年会議所さんが開催される事業が中学生対象の事業であることに大変意味があると考えます。いじめる方、いじめられる方、両方ともが心に大きな傷を負っています。その傷を癒す意味でも、皆さんのされる事業が大いに一翼を担えるのではないでしょうか。大きな期待を感じています。

理事長
 ここまでいじめの問題が深刻とは、大変ショックです。

市長
 あくまで一部の話です。しかし、子どもは感受性が豊かですので、一部でこのようなことがあると、知らず知らずの内に影響され、さらに広がっていきます。その根を絶ちたいと考えています。既にスーパーカウンセラーや臨床心理士にも、お手伝い頂いていたのですがどうしても足りない部分を、ノウハウを持った警察官OBに助けてもらえれば、と考えています。
いじめられている子どもをまず助けたい、そしていじめている子どもを助けたい。教師、スーパーカウンセラー、臨床心理士、警察官OBが子どもたちと向き合い、問題に取り組み、解決へと向かわせたい。
子どもは親の鏡です。「子どもが荒んでいる=親が荒んでいる」と考えると、本来我々が目指している地域の絆がしっかり出来ていると、この様な問題は起こらないのかもしれない。そういう意味でも、地域社会の構築に努めるべきだと考えています。

理事長
 薮本市長は三木市のトップセールスとして、単身渡米し、企業の誘致などに努めておられます。そこに市長が目指されるリーダーとしての姿があるのだと思います。市長が考えられる、今の時代に求められるリーダーとはどうあるべきだと考えられますか。

市長
 まず第1に「先見性のあるビジョンを持つこと」ですね。
第2に、それに伴って、やりぬくんだという「強い信念を持つこと」。
そして最終的には「結果を残すという実行力」が必要だと考えています。
この3点が、今のような、ある意味非常時には必要ではないでしょうか。平時とは違う、いわゆる過渡期には、この3点を兼ね備え、自分自らが行動していく。そして「グローバルな視点」も持つ必要がある。これは民間も自治体も同じではないでしょうか。
 昔のように国が法律を決め、現場が実行するというやり方は、20年前に終わっています。自治体自らが羅針盤を定め、リーダー自らが率先して荒波に飛び出していく。リーダーにそのような気概がないと、誰もついてこないと思います。
ところが、こういうリーダーは敵を作りやすいですね。しかし、たとえ敵を作ろうとも、信念を最後まで貫き通すことが大事です。そして最終的には、将来の世代が評価してくれると信じています。目先のことにとらわれ、八方美人になっていては何も出来ません。
私は市長であるので、当然選挙で選ばれています。ウルトラマンのようにタイムリミットがあり、私の場合は4年ですが、その4年の間に何ができるのか、4年という年月を逆算して計画を立て、実行することが必要だと考えています。
しかしそうは言うものの、まちづくりは長期的にみるべきです。その中で選挙があり、4年ごとの成果を市民の皆様に評価して頂き、過半数の方に賛同してもらうと再選させて頂けると考えています。

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理事長
 私たち青年会議所は協議制をとっています。そして一年ごとに組織が変わるという、単年度制をとっています。何の目的のために活動を行うのか、基本の部分では変わりませんが、手法の部分は、その年ごとに変わります。
私は、青年会議所においてだけでなく、会社でも社長を務めさせて頂いています。皆で意見を交わす協議制であれ、最終的な決断は必ずトップが下す。一番負荷が掛かりますし、決めた後も本当にこれで良かったのか、と悩みます。ストレスが貯まる仕事というと、“決断”することではないか、と思います。市長はどのように、気持ちの部分を整理し、乗り越えていらっしゃいますか。

市長
 最近でしたら、“震災ガレキの受け入れ”の問題がありました。重要な決定を下さなければならない。その決定が三木市民に大きな影響を及ぼします。組織の大きい小さいに関わらず、トップにとっては共通の宿命的な課題であると考えます。決定を下すのは、本当に孤独で、そして辛い作業です。時には批判も受けます。しかし、自分のことだけを考えたり、目先の損得だけに目を向けた決断をするのではなく、まわりの人のことを思いやる。私を捨てて、トップとして遂行していく。それをやっていると、批判も決断の辛さも吹っ飛んでしまいます。
そして、一人でもそれに対して理解者がいたなら、「その決断は正しかったんだ」と考え、決して後ろを振り向かない。常に前を向いて進んでいく。私も最初からトップではないですし、今も自分がトップの器かどうかは分かりません。試行錯誤している部分もありますが、失敗を恐れず、前を向いて進んでいく。数々の試練を経てこそ、本当の意味でトップに成るのではないかと考えています。

理事長
 私も少なからず、トップの辛さを理解しておりますので、共感しました。

理事長
 ところで、先ほど“震災ガレキの受け入れ”の問題について話しがありました。今一度、三木市として、“震災ガレキの受け入れ”にどのような対応をしていくのか、ご説明を頂けますでしょうか。

市長
 私自身も阪神大震災の起こった17年前、須磨区に住んでおりました。被災した者として、その悲惨さはよく理解しております。当時、本当にたくさんの方に助けて頂きましたし、今回はその時のお返しをしなくてはならない、と心から考えておりました。
だからこそ、地震発生後1週間以内に自分の車で現地に入り、南三陸町長と話し合い、ピンポイントでの救援物資のお届けを約束してまいりました。その後、市民の皆様のご協力も頂く中で、三木金物を始めとした十数便の救援物資を南三陸町に届けてまいりました。被災地に協力していきたい、という気持ちは人一倍持っています。
しかし、震災ガレキの受け入れにつきましては、安全基準という観点から、国の基準、関西広域連合の基準と色々な基準が存在し、「何が正しいのか」という事がありません。
そこで我々としては、「原子炉の再利用の基準が100ベクレル」であるという事で、一番厳しいこの数値を基準として考えました。しかし、それを満たすためには、焼却などすると10倍、場合によっては30倍に濃縮される可能性があります。処理場の近くにお住まいの市民の皆様、そして煙として出ていく事を考えると、市民全体の皆様の安全に自信が持てない。
国、関西広域連合、それ以外の専門家と、それぞれがそれぞれの意見を説く中で、何が正しいのか分からない。市長として自信を持って“安全です”とは言えない。自分に自信のないものを、市民に押し付けることはできない。
そういう意味から、震災ガレキの受け入れはできない、という方針を打ち出しました。
 国の打ち出す各自治体での“助け合いの精神”が、この放射能の問題において正しいのかどうか。放射能の拡散を防ぐ、という観点からも、国の方針に疑問を感じています。
例えば、東日本の中で新たな処理プラントを作る。それがある意味先進事例にもなり、更には焼却作業の中で新たな雇用も生まれる。そういう道はとれないのか。
そして、三木市や他の自治体は、食料の提供や、東日本の方々を温かく受け入れるというような援助をする、という役割分担も考えられるのではないでしょうか。
 この決断については、市民の方々からも賛否両論があります。三木市の判断は少数派になるかもしれませんが、決してエゴではなく、あくまで市民の安全を第一に考えた決断である事をご理解頂きたい。
市として、ガレキ受け入れではない、違う形できちんと被災地のサポートをしていきます。

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理事長
 新聞紙上で読んだ内容とは違うので、少し驚きました。文章になると、何か偏った意見に読めてしまいました。

市長
 基本は放射能で汚染されたものは、拡散させないというのが基本です。100パーセント絶対に大丈夫となってはじめて持ち出しが始まるのが基本のはずですが、今はその段階ではありません。これは「汚染地域の拡大に繋がる可能性がある」と考えられますので、三木市として受け入れはできませんでした。
この決断は本当に断腸の思いです。トップの決断で、これほど辛いものはなかった。しかし、いつまでも態度を留保するのもトップとしてどうか、と考えます。早く意思表示することが必要です。
 県には処理場はなく、廃棄物の処理は基本的に市町村が行います。町村は規模が小さく処理場が無いことが多いので、基本的には市の役割となります。それを踏まえても、市長が早く方向性を打ち出し、やるのかやらないのかを県に意思表示し、それを国に伝えてもらい、国としての方向性を指し示してもらう必要があります。
今のように、国が出来ないから県に、そして市町村に下りてくる中で、基準がまちまちの状況です。市町村も周りの様子を見ているために判断が遅れます。
特に関西の特殊事業ですが、「フェニックス」という大阪湾に埋め立て処理施設があります。例えばこれが中国地方や四国地方、九州には海に埋め立てるような施設はありません。関西特有の事情です。
海に濃くなったセシウムの焼却灰を埋め立てる事ができるのか、それがいつか溶け出て、海洋汚染に繋がるのではないか、そういうことを考えると、基本的には内陸部での処理が本来の原則ではないでしょうか。
内陸部において最終の処分地を持っているのは県内29市の中で、相生市、赤穂市、三木市の3市のみです。他の市で受け入れを拒否された場合、すべてのごみが三木に来ます。ほとんどの市が燃やすのは燃やせるが、焼却した灰を処分する施設を持っていない。それを大阪湾のフェニックスに捨てるということになっています。そこの安全基準が2000ベクレルでいけるのかどうかということに対して、答えが出ていません。
燃やすのは良いが、結局、最後に残った灰が最終的に内陸部での処理となると、限定された3市で受け入れることとなります。民間の関西最大級の処分場が三木市にありますので、そこに関西一円の焼却灰が流入してくる可能性があります。もし仮に、ガレキを三木市が受け入れ意思を示していれば、「焼却灰の受け入れが出来ない」とは言えない、本当に難しい問題です。

理事長
 是非とも、被災地の皆様に対しての支援施策を、充実させていくことでの役割を担って頂きたいと思います。

市長
 被災者の皆様にもっと三木に来て頂きたいと考えています。現在三木市としては3つ、支援を行っています。まず1点目はこの不況下で、なかなか一般企業での雇用というのは難しいかと思われますので、積極的に市役所での雇用を考えています。2点目は三木市に転入してきた被災者の皆さんが市営住宅に住める期間を、従来の2年から5年まで延長します。3点目は子どもさんが保育所に通われている場合の保育料の全額免除をします。これ以外にも、更に色々な支援策を考えていきたいと思っています。

理事長
 最後に市長が考えられる、これからの三木市へのまちづくりの抱負についてお聞かせ下さい。

市長
 この高齢化社会において、高齢化・少子化を嘆くのではなく、その時代にあった姿を追求したり、自分たちが置かれている姿を前向きにとらえる必要があると思います。そして三木市が持ち続けてきた良き伝統である、お互いが互いに認め合う、助け合う、励まし合う、支え合う、そのような三木市を構築していきたいと思っています。過去に遡れば、豊臣秀吉に攻め滅ぼされた後でも、三木はフェニックスのように復興してきたように。
私は、この三木のまちが大好きです。三木のまちは、人口の減少や小野市と比べて活力が無いなど一部の方から言われます。そういうネガティブな面を見ればきりがない。しかし、三木の持っている良い面を、もっと前面に出して、特に若い方たちも巻き込んだ行政を展開していきたいと考えています。
「まちづくりイコールひとづくりなり。」
これを原点として、初心を忘れずに今後とも取り組んで参りたいと思います。
特に今年は花火も含めた市民祭りもあります。昨年は雨で残念でしたが、今年は4年ぶりの復活ということになっていますので、三木青年会議所さんにもご協力頂ければと思います。
また、もう少し先にはなりますが、市制60周年も控えております。50周年に負けないような、屋台大集合を始めとした催しを企画し、市民皆でお祝いしたいと考えています。また、三木城址が文化財に指定されたあかつきには、甲冑行列や薪能、大茶会を催すなど、三木市から様々な情報発信をしていきたいと考えています。
4月15日には、JR大阪駅で三木工業協同組合青年部のご協力の下、金物戦隊かなもんジャーと共に三木のPRを行って参ります。若い人の力を借りながら、自分たちのまち“三木”を盛り上げていきたい、と考えています。また、様々なところでご協力をお願いするかと思いますが、どうぞよろしくお願い致します。

理事長
 我々も若手企業人の集まりとして、地域の為に頑張らせて頂きます。こちらこそ、どうぞ宜しくお願い致します。本日は大変お忙しい中、どうもありがとうございました。

市長
 こちらこそ、どうもありがとうございました。

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